ソウルに来た意味

3/1に重なっていたのも、彼女たちの特別な日が重なっていたのも、どこか、大きな意味があるようにも思う。
まさに偶然ながら、考えるきっかけとぶつかるから。
 
街としてどうか、という視点も非常に面白く、どうしてこんなに似ているのだろうか、と思ったりする。
そして、いくつかの点は日本よりも優れている。正直、予想にしていなかったことでもある。
カフェの文化については日本がベースとなっていて、さらに発展をしていると思っていなかった。あまりに多くのカフェがあり、おしゃれなインテリアでしか作られていない。その基準が当たり前となっているので、競争力がより高いことがわかる。東京以上に、窮屈であるとも言えるのではないかと思う。
 
交通費は非常にやすい。かなり長距離乗っても150円ほどであるのは大きな意味がある。
 
友人たちと過ごす時間が増える中で、人間関係や交友関係が自分をどうつくるのか、ということも実感するようにも思う。日本のみんなと会う日々はまたどうなるのか、そしてソウルにいると僕達にはあまりに時間がないのだと思ったりもする。
というのも、仕事をして飲みに行けば、もう何も自分に使う時間というものは残っていないのだ。
それは、窮屈であることのようにも思う。
今の自分は忙しいから、snsアップできないと思ったりするけど、それってある意味不健闘だな、とも思ったり。
しかしながら、instaからつながって再会するというのはすごくカンタンにできるようになっているし、僕はそれをとても面白く思っている。